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続・多賀山日記「無頼の果てに」

大腸癌などという大病を患ってから、酒を遠ざけることが多くなった。健康のために、などということではない。酒に対する恐怖心が身体のどこかにこびりついているのだ。一杯の酒が癌の再発を招くのではないかと。知人の医師などは「なにを今更」と笑う。術後一年が経過し、ようやく少しだが口にできるようになったが、以前は浴びるほど飲んでいたウヰスキーに

続・多賀山日記「ビフカツの味」

昔、そういまから五十年以上前、京都府庁前に気楽だったか、喜楽だったかは定かではないが、キラク亭という洋食屋があった。精肉店がその二階でやっていた。小さなテーブルが六つ。なんの飾り気もない小さな店だった。厨房は一階。出来上がった料理をどうやって運び上げていたかは、はっきりと覚えていない。「ここのビフテキがうまいんや」父はこの店がお気

続・多賀山日記「竟の仕事」

「竟の仕事だ」その陶芸家は目に力を込めて言った。齢八十。もうそんなに仕事を続けられないと感じているのだろうか。否、そうではないだろう。「最近よく竟の仕事って言われますよね」「そうですね」彼は視線を手のひらに落として笑った。深く刻まれた皺の数を数えているようだ。そうして続けた。「この歳になると、毎回これが竟の仕事だと思って自分を奮い

続・多賀山日記「白い影」

影に悩まされていた。ここひと月ほどのことだ。一年前に大腸ガンの手術をして術後一年の検査を受けた。郭清したリンパ節のひとつに転移が見つかり、この一年抗がん剤を服用してきた。いろんな副作用があり、けっこう大変な思いもした。それも生きるためだと自分を納得させてだ。だから一年後の検査でC Tの画像を見た医者が「肝臓に小さいけれど影がありますね

続・多賀山日記「ぼくらの時代」

「熱風共和国」の舞台を歩いてきた。主人公のひとりハジメの家のあっあたりからスタートし、ハツエ一家がバラックを建てて住んでいた久世橋の下、そうして五十数年前ぼくらが共和国と呼んで走り回っていた桂川の河川敷あたりをたっぷり時間をかけて。ハジメは在日コリアンで、生き辛い日本を捨て、祖父の祖国北朝鮮に帰国する直前だった。ぼくは彼と小学生最