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続・多賀山日記「無頼の果てに」

by 清水哲男

大腸癌などという大病を患ってから、酒を遠ざけることが多くなった。健康のために、などということではない。酒に対する恐怖心が身体のどこかにこびりついているのだ。一杯の酒が癌の再発を招くのではないかと。知人の医師などは「なにを今更」と笑う。

術後一年が経過し、ようやく少しだが口にできるようになったが、以前は浴びるほど飲んでいたウヰスキーには今もって手が出ない。

度数の高さが喉を焼き、胃の粘膜を焼き、そこが新たな病巣になるのではないかと怯えているのだ。

若い頃、憧れてはいたが、なんだか手を出せずにいた一本のウヰスキーがある。

CLYNELISH 14yearsハイランドのシングルモルトウイスキー。四六度の猛者。トレードマークはハイランド地方に棲息する山猫だ。ボトルに手をのばそうとする者を威嚇するかのように、両耳を倒し牙を剥いている。

「飲むなら覚悟して飲め」

そう言っているようだ。

四年前、それをある女性から還暦祝いにいただいた。酒好きのぼくになにか一本と思ったらしいがなかなか決められず、お店の人に相談してこれに決めたそうだ。なにをどう相談したのかはわからないが、ぼくにとっては言うまでもなく “Good choice!” だった。まずは彼女の英断に乾杯だななどと喜んだことを覚えている。

今そのボトルを眺めている。山猫は相変わらず両耳を倒し牙を剥いている。

次にこの酒を口にするのは、得体のしれない恐怖心が身体の隅々から消えて無くなった時だな。

無頼を気取ってきた果てに、命が惜しくて右往左往している自分がおかしくて仕方がない。

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