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続・多賀山日記「ダニー・ボーイ」

by 清水哲男

母は桜の花が好きではなかった。

桜の花を見ると悲しくて仕方がないというのだ。

若い頃、そう、戦争が終わる直前だ、将来を誓い合った人が沖縄戦で命を落としたそうだ。

「潔く散る桜の花に喩えられて、見事に散った……。散華の美学と言うんやで。桜はそんなことちょっとも思てへんのに、人が人を戦場に駆り立てるのに桜を利用したんや。桜には悪いけど、そんな桜を好きになれへん」

そんなことを話して聞かせてくれた。だから花見に行こうと誘っても、決してうんとは言わなかった。

歌人として多くの歌を残しているが、桜の花を詠んだものは少ないし、どれもどこか悲しいものばかりだ。

そんな母も毎年独りぼっちの花見をしていた。庭の小さな桜の木に花が咲くと、日が暮れるまで縁側から眺め物思いに耽っていた。若い日の青年の姿を思い浮かべていたに違いない。そして、その人が好きだったというアイルランドの民謡「ロンドンデリーの歌」を口ずさむ。「ダニー・ボーイ」だ。

一昨年、あるジャズピアニストのソロアルバムを母に送った。1曲目に「ダニー・ボーイ」が収められていた。

昨夜、そのピアニストのライブに出かけた。何曲目かの小休止の後、ふたたびピアニストの肩がゆっくり揺れはじめた。

Oh Danny boy, the pipes, the pipes are calling

From glen to glen, and down the mountain side

The summer's gone, and all the roses falling

'Tis you, 'tis you must go and I must bide

メロディにあわせて小さく口ずさむ。

花曇りの空、夕焼け、山影……。

懐かしい京都の風景が思い浮かんだ。

母はどうしているだろう

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