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続・多賀山日記「職人の魂」

by 清水哲男

魂の兄弟と呼びあった男がいた。

もう十年近く前にガンで他界した。

彼は無名の清水焼職人だった。決して名を求めず、必要以上の暮らしも、もちろん経済を含んでだが、求めなかった。終日狭くて暗い工房に籠り、同じ茶碗を五百も六百も轆轤で引きあげていく。寸分の狂いもなく、同じものをつくりあげていくのだ。

「つくりたいものだけをつくる。そんなもん職人とちゃうわ。言われたらなんでもつくりあげる。そんなもんやでワシらは」

酒を飲むとそんな話になった。しかし、その陰で、彼は彼らのような無名の職人群が京焼きのすべてを担い、支えてきたことを知っていた。そしてその自負が彼を支え続けていたのだ。自分が担うべきもの……。ぼくはいま、彼が他界した年を迎えても、それがわからないで右往左往している。

「おまえ、自分がやるべきこと、考えてるか?」

そんな彼の言葉がいまも耳にこびりついている。

その彼から受け継いだ一冊がある。

「逆光のフラット・ライト 無名の清水焼職人群像」(京都書院/京都ブックス5)

彼は、なにかあるとこれを引っ張り出してきては、話に興じた。

彼は自分の力だけで自分の明日を切り開こうとしていたのだ。

「コネや人間関係でのし上がるのもひとつの手やろ。けどそんなもん、長続きせんわ。金儲けてしまいや。そんなつまらんもんはないで」

ぼくの胸にはその言葉が重く残っている。

亡くなる直前まで、痛みどめの薬のせいで朦朧となる意識の中、轆轤を引き続けるように腕を動かし、窯の温度を気にしていた。職人としての最期の姿だった。

いま、ぼくはなにかあると彼から引き継いだ本を取り出し、自分を諌めている。

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