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続・多賀山日記「お似合い」

by 清水哲男

一年前にこんな文章を書いていた。

ある人とボールペンの話になった。その人はカランダッシュがお気に入りだそうだ。話を聞くと社会人になった頃のある経験でそれを手にし、以来ずっとボールペンはカランダッシュを使っていると。

ぼくはクロスのクラシックセンチュリーを使い続けている。はじめて自分の本が上梓された日に、記念に買ったものだ。買った頃に比べるとずいぶん曇ってしまったが、じっと見ていると曇りや小さな傷のひとつひとつが、どれもぼくのキャリアを物語ってくれているような気がする。

道具という領域を超えて、すでに相棒、戦友、同志って感じかな。大げさか……。

そのクラシックセンチュリーを磨いてみようと思った。キャリアと胸を張って言えるほどのものが、どれほどあるのかなと思ったのだ。この歳になってこんなことを思うのもなんだが、まだまだ中途半端だなと。

この歳にって、そう六十五歳だ。知人の多くはすでに引退をしたり、第二の人生だなどと、新しいスタートを切っている。なのにぼくは、四十年以上歩いてきた道で立ち止まり、振り返り、右往左往しているのだ。

こんな持ち主に使われ続けるボールペンもかわいそうなものだ。何が戦友だ、なにが同士だって思ってるに違いないな。

道具にも、それを使うにふさわしい人格があるという。

でも、そんなこと言われると、何も使えなくなっちゃうじゃないか。だからせめてもの罪滅ぼしに新品の状態に戻そうかな、と。

ぼくには、生命保険会社のキャンペーンでもらったSNOOPYのボールペンくらいが似合うのかもね・・・。

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