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続・多賀山日記「なりふりかまわず」

by 清水哲男

亡くなる一週間前のことだ。

病院のベッドの上で父がボソッと言った。

「すまんが頼みがある」

「なんや・・・。できることやったら・・・」

「還来神社に詣って、お札とお守りをもうてきてくれへんか」

還来神社(もどろぎじんじゃ)は滋賀県大津市伊香立途中町にある神社だ。

桓武天皇の皇妃で淳和天皇の生母、藤原旅子が三十三歳の若さで病気で亡くなった際、「故郷、比良山の南麓のなぎの木の根元に葬ってほしい」と遺言を残し、死後再び生誕の地に戻ったことから神として祭られたのが由来だ。戦時中には、出征する兵士の無事の帰還を願い、全国から多くの参拝者が神社を目指し人の流れが途切れなかったという。

祖父忠一が出征した後、その無事を祈って祖母すみは幼い父良一の手を引いて、祖父の無事帰還を願いに何度もお詣りをしたという。国鉄京都駅から大津、浜大津で江若鉄道に乗り換えて和爾(わに)まで。そこからはバスを乗り継いで行ったそうだ。その甲斐あってか、祖父は無事に生きて還った。

父にとっては忘れられない場所のひとつだと聞いたことがあった。

車を飛ばし、お札とお守りをもらい受け、急いで病院に戻った。

父はやせ細った手でそれを受け取ると、お札は枕元に置き、カエルを象ったお守りは時間をかけて携帯にぶら下げた。

「無事カエルや。死んだって生きカエルや」

おどけた表情で言ったが、消え入るような力のない声だった。

その時は強がりの冗談だと思ったが、今思えばあれは神頼みだったのかもしれない。

そんな話を母にした。

「治せへん末期ガンやって本人もわかってたしな。なりふりかまわず生きてたかったんやわ。神頼みやって笑えへんわ。それに・・・」

「それに、なんや?」

「うちももっともっと生きててほしかった」

両親の願いを聞き入れてくれなかったカエルのお守りは、今、僕の手もとにある。

次は僕の番だ。僕も何としても生きたいと思っている。

僕の願いは聞き入れられるだろうか。

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