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続・多賀山日記「僕の憧れ」

by 清水哲男

「清水さん、手術前よりもりあがってません?」

「悪いとこ取ってしもたからな、元気になる一方やがな」

「なんか、めっちゃ元気ですね。おかしいくらい」

これは、僕が手術前よりも元気になったのではないかという知人とのやりとりだ。

実際どうなのか、自分ではわからない。が、僕の気持ちの在り方を左右するようなことがあったとすれば、それは母のひと言だろう。実は、

「悪いとこ取ってしもたからな、元気になるなる一方やがな」

とは、母の言葉だったのだ。

僕が大腸ガン摘出の手術を受けた翌日、九十六歳の母は心筋梗塞のカテーテル手術を受けていた。そしてそのひと月後ペースメーカーを入れる手術を受けた。僕は自分の病気の事実を母に伝えてはいなかった。年老いた母に余計な心配をさせたくなかったのだ。ペースメーカを入れる手術を受けた一週間後、病室の母に電話をして手術に立ち会えなかったことを詫びた。

「仕事が忙しくて・・・」

「うちは大丈夫や。あんたはあんたのことに集中したらええ」

返す言葉がなかった。母はかまわず話し続けた。

「身体の悪いとこ取って、修理して、なおして生き続けたけど、そのたびにうちは元気になった。今度もそうやで。元気になるなる一方やがな。百まで生きたる」

そう言って、どこにそんな元気が残っているのかと思うほどの大きな声で笑った。

「そやな。あんたはそう簡単に死なへんわ」

そう言って返すのが精一杯だった。母はなおも話し続ける。

「苦しみに満ちてるのが人生や。楽な人生なんかあるわけないんやで。その苦しみを一つひとつ乗り越えるのが人生や。ふり返ったら乗り越えてきたことが楽しかったと思えるんやで。そう思てあんたもお気張りやす」

電話を切った。

〈なんや、苦しいのがあたりまえなんや。それは乗り越えたらしまいなんや。なんや、そんな簡単なこと、今まで分からんでもがいてきたんや〉

そう思った。そう思ったら、すうっと身体の力が抜けて急に楽になった。

〈俺も悪いとこ取ったんやから、ちゃんと修理したら元気になるんや。な〜んや〉

死への不安は裏返せばそれだけ生きたいと思っているということ。だったら生きることに集中したらいい。なにも悩んだり落ち込んだりすることはない。

母は身をもってそのことを教えてくれているのだと思った。

〈俺もあんなふうに生きたい〉

九十六歳の母は、今僕の憧れだ。

写真はいずれも松原誠さん撮影

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