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続•多賀山日記「三分間の法則」

by 清水哲男

八年という時間をかけて撮り続けてきた薩摩川内市の写真がある。

原発のある薩摩川内市久見崎、高江、寄田を中心に、薩摩川内市の様々な人々の暮らしを撮り続けてきたのだ。それを五分程度の動画にまとめようと作業を続けてきた。

写真展「虹の旗」のバージョンアップに、会場で放映しようと考えてのことだ。

撮らせていただいた方それぞれに、お礼と確認の連絡を入れた。

「撮らせていただいた写真を公開してよろしいですか」と。

残念ながらすべての人に拒否された。そう、すべての人に、だ。

彼らは口々に言った。

「原発が絡むんなら、出さないでくれるか」と。

仕方なく人の写った写真を外す。

結果としてその動画には、ほんの数人の人しか登場しない。それ以外は薩摩川内の風景が並ぶだけだ。それは撮った本人が驚くほど、ザラザラした、殺伐とした風景だった。それが薩摩川内という原発を抱えた地方都市の実情なのだ。

さらに薩摩川内市には「三分間の法則」というのがある。

薩摩川内市民に原発の存在についてたずねると、最初の三分間はほぼ誰もが否定的、もしくは慎重な姿勢を見せる。ところが、三分経つとその大半が、「必要なものはどこかが受け入れないと・・・。仕方がないね」という消極的なものも含めて肯定的な態度に変わるというのだ。

根底にあるのは「経済」だ。

かつて「最後は金目でしょ」と暴言を吐いた大臣がいた。だがあれは暴言ではなく、彼らの核心であり、手口であり、政治の進め方なのだ。地方の経済と暮らしを人質にとるといういつもの手口なのだ。

薩摩川内の人々はある意味主権者は誰かを見失った「政治」と「経済」の被害者なのかもしれない。いや、それはこの国で暮らす人々すべてがそうかもしれない。

薩摩川内の風景はそんなことを教えてくれる。

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