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続・多賀山日記「時間の大河」

by 清水哲男

酔った朦朧とした頭でいろんなことを考えている。

雨音が大きくなったり小さくなったり、近くなったり遠くなったり。

このところ時間ということが気になる。

時間はこのまま永遠に続くのだろうか。

果てしなく続くのだろうか……。

そんなこと、だれにもわからないな。

五年前にこんなことを書き残している。この一カ月後に父が他界した。死にゆく父を目の前にしていろんなことを考えていたのだろう。そうして今また大切な人を見送ろうとしている。

その人の時間を思ってみる。八十年という時間の中にどれほどの思い出がつまっていることだろうと。思い出のひとつひとつが、時間という大河の中に澱となって漂っているに違いない。

人は誰も、自分の時間が残りわずかだと知ると、その澱のひとつひとつを掬いあげるように心の中に思い描くのだ。うれしかったことも、楽しかったことも、哀しかったことも・・・。ひとつ掬っては微笑み、またひとつ掬っては涙する。

思い出はその人だけのものではない。多くの人との繋がり、関わりの賜物だ。それは延々と代を継いで受け継がれ、家族の思い出となり記憶という時間の大河になる。

その限り、時間は永遠に続く。果てしなく続いていくのだ。

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